Se connecter「ルカ、いつまで寝ている! さっさと起きろ!」
長い時間、記憶を掘り返していた俺は再び父上に怒鳴られていた。
でも、寝ていたわけじゃない。ただ呆然としていただけだ。「あ、はい! もう起きました!」
返事をしたものの、今も思考は悪夢に囚われている。
他のことを考える余裕はない。何しろ十七歳で死ぬ未来を見てしまったのだ。どれだけ達観していたとしても、受け入れるのは難しいだろう。
「ひょっとして悲運の女神が俺に見せた夢なのか?」
得られた結論はそんなところだ。
三歳の誕生日に俺は教会で洗礼を受けた。悲運の女神シエラの加護を持つことは判然としていたんだ。ディヴィニタス・アルマという固有スキルについては分からないが、恐らく二週間後に執り行われる祝福の儀で授かるのではないだろうか。「あの夢が俺の未来なら……」
エクシリア世界は七柱女神によって支えられている。女神たちは各々に加護を与え、稀に使徒を選んでは勇者や聖女といった世界を安寧に導くジョブを授けたりもした。
「悲運の女神に魅入られた運命なんだろうか?」
あの夢の通りに死ぬのであれば、悲運といって間違いはない。加護を与えた女神様の名に恥じない人生であることだろう。
「やべぇな。やっぱ俺は十七歳で死ぬのか? 彼女もいないってのに……」
流石に納得できない。ゲーム時間で十七歳。今より二年後、リィナという女性のために死んでしまうなんて、俺はそこまで聖人じゃないっての。
「おい、ルカ! 早く起きろといってるだろ!?」
そんな折り、父ゾルカの怒鳴り声が聞こえた。
父上は滅茶苦茶怖いんだよ。子爵家の長男だってのに、朝から農作業や魔物狩りの手伝いをしなきゃいけない。悩む時間すら俺にはないみたいだ。「今行きます!」
とりあえず俺は夢が現実にならないように動いていくしかない。できればリィナという女性には近寄らないようにして。
あと二年しかない。幸運と考えるならば、あと二年もある。
とにかく十五歳を迎えた祝福の儀もあることだし、あの夢が現実かどうかも分かるはずだ。きっと俺は十七歳のあとも生きられる。子爵家の長男という恵まれた環境のまま、美しい妻を娶って素晴らしい人生を送ることだろう。
悪夢にあった未来だけは絶対に回避してやるからな。
◇ ◇ ◇ 晴れて俺は祝福の儀を迎えることになった。それは十五歳という年齢まで生きた証し。一応は大人として認められる日だ。教会にて七柱の女神様に感謝をし、祝福を与えられるという儀式である。
「とても素敵よ、ルカ! 凄く格好いいわ! ママと結婚しましょう!」
母マリアは俺の晴れ姿に目を細めている。大枚叩いて仕立てた服。それに袖を通した俺を手放しで褒め称えていた。
「俺も母上のことは大好きですけど、結婚はちょっと……」
母は息子二人を溺愛している。さりとて脳筋子爵と比べたならば、俺たちのことは天使にも見えていたことだろう。
「兄様はシエラ様の加護があるんだし、きっとレアジョブを授かるはずだよ!」
続いて弟のアルク。それは俺を悩ませている原因だ。今も俺はあの悪夢が気になっているのだからな。
「いや、お前だって武運の女神ネルヴァ様の加護があるだろう? 俺は固有スキルなどいらん。ジョブも並大抵のもので構わない」
いずれアルクは勇者になるのだろう。俺はそれを知っている。
武運の女神ネルヴァ様が与えるハイレアジョブといえば、勇者と相場が決まっているのだからな。「ええ? 僕はきっと一般的なジョブですから。兄様は勇者とか英雄とか授かってしまいましょうよ!」
アルクは自分を卑下するように言った。とはいえ、俺もアルクの意見に賛成だ。アルクが授かるジョブは一般的なジョブであって欲しいと心から願っている。
仮にアルクが勇者のジョブを得てしまえば、あの夢は真実味を帯びてしまう。俺の固有スキルと同様に、それだけは回避したいところだな。
「馬鹿を言うな。俺はただのルカ。それ以上でも以下でもない」
「兄様、カッコいい!」
「ホント、結婚してぇぇっ!」
ため息しかでない。俺はもの凄く緊張していたというのに。
「行くぞ、ルカ。せめて領民に報告できるジョブを授かるんだ」
父上がそういうと、馬車が走り出す。目指す場所はグリンウィードにある聖堂だ。司教様の祝詞によって祝福の儀を受けることになっている。
「腹を括るしかないか……」
聖堂に入ると、新成人たちが七柱女神像の前へと集められていた。
祈りを捧げると、祝福が与えられる。祝福は平たく言えばジョブのこと。大多数が無難な汎用ジョブを授かることになり、何を授かったかは女神像前に置かれた水晶へ表示されるんだ。
平民たちから祝福の儀が始まっていく。どのようなジョブであっても、彼らは歓喜しているようだ。ジョブにより己の未来が切り開かれるかのように。
「俺は代行者以外を授かるしかない」
ゲームにいた俺は【代行者】であり、その名の通りに俺はリィナの病を代行したわけだ。仮に代行者というジョブを得たとして、身代わりで死ぬなんて御免被りたいけれど。
めぼしいジョブはここまで出ていなかった。農民や商人、狩人といった一般的なものばかり。しかし、俺はそれが羨ましいと思う。
たとえ父上を失望させようとも、俺は農民や商人がいい。あの悪夢を肯定するようなジョブだけは引きたくないんだよ。
「ルカ・アルフィス前へ……」
司教様が俺を呼ぶ。ここまで来たら、まな板の鯉。小さく息を吐いてから、俺は女神像の前へと歩む。
左から美の女神と愚者の女神。その隣は叡智の女神であり、武運の女神像と続く。更には問題の悲運の女神像があって、幸運の女神と悠久の女神がその隣に並ぶ。
眼前にある七柱女神像の前に膝をついて、俺は祈りを始めていた。
できれば農民や漁師といったジョブが欲しい。何事もなく十七歳以降も生きられるようにと。
「アレは三柱協定の残骸だもの……」 三柱協定って、あれか? ネルヴァとセラ様がシエラに願ったとかいう……。「そもそも勇者を南部の農耕貴族に宛がうなんておかしいでしょ? ネルヴァは本来なら、シルヴェスタ王国第一王子のポストに勇者を据えようと考えていたのよ。その方が動きやすいからですわ」 やはり三柱協定とは俺の死を前提とした世界救済案のことみたいだ。 協定を結んだネルヴァだが、どうしてか第一王子のポストに勇者を割り当てなかったらしい。「勇者が動きやすくなる? じゃあ、どうしてグリンウィードという片田舎に配置したんだ?」「それが三柱協定の結論ですの。私たちは望む未来に到達するため、色々と模索したのですわ。けれども、協定に沿う運命は簡単に構築できなかった。加えて強大な使徒の配置は世界を歪ませぬようにしなければなりません。魂の重みが一般とは異なるのです。偏った配置は世界を歪ませ、生じた混沌によって世界が穢れてしまうのですわ」 どうやら運命を操作するのも簡単じゃないらしい。 女神たちは試行錯誤の上に現状の世界を創り上げたってことかもしれない。「配置を北と南に分けることで、世界は安定しました。ですが、協定の肝であるディヴィニタス・アルマの使用が難しくなったのです。遠縁でもないリィナを救うこと。無理矢理に当て嵌めた結果は再び世界を歪めることになりましたの」 世界ってのは意外と脆いものなんだな。 俺とリィナが出会わなければいけない。その結果から逆算して構築しようとするのだから、どこかに負担がかかってしまうのかもしれない。「試行錯誤しましたの。けれど、思いのほか簡単に解決しました。空いた第一王子のポストに入ったマルシェの使徒を第二王子とすることで……」 えっと、よく分かんないな。 シエラが話す内容が事実だとすれば、元々シルヴェスタ王国に王子は一人しかいなかったってことか?「シリウスしか王子がいなかった?」「その通りですの。しかし、シリウスの重みでは北と南に配置された重みを相殺できなかった。北と南から、のしかかる圧力が中央に集中したの
「フィンこそが時空術士ですの」 先ほどから難解すぎて、俺の頭はパンクしそうだ。 使徒はコーネルであるけれど、時空術士はフィンなのだという。「それって可能なのか? 使徒以外に固有ジョブだなんて……」「神力次第ですわね。あと固有スキルは使用者を選ぶのですわ。コーネルは白の使徒として最低限。授かったとして固有スキルの適性はありません。つまり使徒に与えるべき神力を余らせたニルスは駒として使うフィンに全てを注いだみたいですの」 確かにディヴィニタス・アルマは俺にしか使えないと聞いている。 フィンならば異世界線にてニルス様の使徒をしているし、彼ならば時空術士を使いこなせるはずだ。「駄女神が付随することなく、固有ジョブを奪うチャンスですの。私はフィンを捜し出すべきだと考えますわ」 駄女神はお前だと言いたいところだが、確かに時空術士のスキルは他を圧倒する。 魔王の時間をも操れるスキル。あるのとないのでは難易度がまるで変わってしまうはずだ。「でも、お前が介入できるのは三ヶ月後なんだろ?」「いえ、三ヶ月後にはもう一人分くらいは貯まるだろうという話ですの。雌ネコともう一人介入できるという話ですわ」「三人分だとどれくらいかかる?」「大凡、一年後かと存じますの」 一年待てば三人分。しかし、それは遅すぎた。 リィナは一年持たないことが確定している。ならば、俺はミリアかフィンのどちらかを選ばねばならなかった。「フィンの居場所は分かるか?」「女神とて万能じゃありません。紐付けされていない人間の行動まで把握できませんの。まあでも、あの男の行方は既にニルスでさえも追い切れていないことでしょう」 固有スキルを授けたニルス様でも分からないだって? そんな馬鹿な話があるってのかよ?「どうして追い切れていない?」「考えてもみなさい。フィンがルカの身分証を奪った世界線から現在は大きく様変わりしております。加えて、世界線が切り替わる前にフィンは犯罪者となったのです。改変を受けた世界線において、フィ
「アークライトを殺しなさい」 えっと、マジで言ってんの? てか、貴方は女神様ですよね? 現状の兄であるアークライトを殺せとか無茶言うんじゃねぇよ。「待て。アークライトはそのうち討ち死にすると思う。急がなきゃいけない話か?」「早いほうが整合性を保ちやすい。ルカが王子のままでいられる可能性は高まるでしょう」「かといってな、俺は兄殺しの異名なんか欲しくないぞ?」「アークライトが存在すればルカが切り捨てられるだけ。それどころか女性になってしまう可能性まであるわ」 まあ、それな。 どう考えても無理がある。男が女性の運命を背負うなんて、改変事案だらけなんだ。「それでも俺はミリアを育てるのは不可能だと思う。リィナを救うためならば、俺は女にでもなってやるよ」 ヒロイン総取りエンドから百合エンドになったとして、俺はリィナを救う。彼女の笑顔が最後に残れば、俺はそれで良かった。「私だって女でも構わないわ。同じ魂であるのだし」 そういや女神は人を魂で見ているんだったな。美の女神イリアは俺を女性にしようとしていたくらいだし。「じゃあさ、ミリアはやはり世界から切り離されるのか? 親も友達も失ってしまう?」 思い出されるのはシリウスの境遇だった。 俺に運命を奪われた彼は華々しい王子という立場を失い、かつて持っていた人脈すら失ってしまったのだ。「記憶のサルベージをしないなら当然そうなる。運命を失った人はそこから始まるだけだから。新たな過去を作るよりも、世界は新たな人として扱うでしょうね」 やっぱ俺は悪人かもしれないな。 一人を救おうとして一人を路頭に迷わせる決断ができるのだから。これからあと何人が俺の犠牲になるのだろう。「あと確認だけど、時空術士は構わないの? フィンが持つジョブは最高峰だけれど……」 ここでシエラから別の話題がある。 それは俺だって気になっている。何とか騎士学校へ入ってくれないかと考えていたけれど、結局のところ彼は現れなかった。「な
翌日は基礎的な訓練に終始していた。 グランドを走り回る剣術科を見ていると気の毒にも思えるほどだ。 対して俺たち魔法科はひたすら基礎魔法を唱え続けるだけだった。しかし、夕暮前に訓練が終わり、俺はレザルの街へと向かうことにしている。 やはり女神様の意見を聞きたく思って。俺の独断が正解かどうなのかを知りたかったんだ。 男子寮をあとにした俺は待ち構えていたようなリィナと出会う。どうやら彼女は俺を呼んでもらおうとしていたみたいだ。「どうした?」 俺が声をかけると、リィナは頷きを返す。冴えない表情から予想すると、好ましい話ではないだろうな。「殿下、夕食のあと時間ありますか? 少しお話が……」 ひょっとしてフィオナとキスしたことが早くもバレてしまったのかもしれない。そのうちに俺から切り出そうと考えていたのだけど。「今じゃ駄目か?」「込み入った話ですし。夜八時に魔道殿の裏でお待ちしております」 言ってリィナは去って行く。 嫉妬に任せて怒鳴りつけに来たのかと思えば、彼女はあっさりと立ち去っている。「ま、俺から説明しておくべきだな……」 隠し事は良くない。リィナは俺にゾッコンで、更には嫉妬深いとくる。知られる前に伝えておかないと。 リィナが去って行ったので、俺は一人で聖堂へと向かう。 北東の街レザルはお世辞にも賑わった土地ではない。基本的に農業が盛んなエリアであり、思わず元実家であるグリンウィードを思い出してしまうほどだ。 俺は七柱女神像の前に跪き、いつもと同じように祈りを捧げていた。「うふふ、おはよう。青の君……」 脳裏に現れたのはシエラだった。 もう夕暮前だというのに、おはようはないだろうがよ。「もう、こんばんはだ。お前は怠惰の女神だったか?」「私は尊き青の女神ですの。いつ何時も愛しき貴方のために存在していますわ」「よく言うぜ。さっきまで寝てたくせに……」 起きている時間ならシエラが出てくると考えていた。だか
なんとか覗きの現行犯を逃れた俺は、全ての計測を終えて自室へと戻っていた。 ベッドに倒れ込みたい気分であったけれど、生憎と啜り泣く声が聞こえてしまう。「コーネル……」 鳴き声はルームメイトのものだった。蝋燭も付けず、嗚咽を漏らす彼にかける言葉を俺は探している。 何しろコーネルは自国の首都が陥落したと聞いたのだ。詳細はまだ分かっておらず、父である皇帝陛下や家族の生死は不明なままである。「俺よりも、よほど悲運じゃないか……」 ネルヴァによると悲運の魂は山ほどあるという。 現実にシエラは使徒の選定に興味がなかったくらいだし、コーネルもまた数多ある悲運の魂であったことだろう。「なぁ、コーネル。お前は泣くだけか?」 俺は声をかけていた。 静観することも考えたけれど、こういったとき他者の声は必要だと思う。人知れず考えたとして、結論には至らないのだから。「ルカ君……」 涙目が俺を捉えていた。共に王子という立場だ。少しの遠慮も敬意も必要ない。「帝都のことは辛かっただろう。けれど、お前がやるべきことは泣くことじゃない。国のためにできることをお前はするべきだ。何のために騎士学校へ来たんだ?」 厳しい言い方だけど、俺には他に言葉が思いつかない。戦地から遠く離れた場所にいるコーネルには、どうすることもできないのだから。「僕は……」「明言しておこう。俺は未来を知っている。今は帝都陥落という一報で済んでいるけれど、帝国は滅びて魔国に占領されてしまうはず」 俺の言葉にコーネルは息を呑んでいた。 首都陥落といった事実から予感はしていただろう。だが、最悪の想定は考えないようにしていたと思う。「それって……女神様に聞いたの?」「ああ、そうだ。お前は決断しなければならない。ここに残って強くなり魔国に一矢報いるのか、或いは国に戻って討ち死にするのかを……」 現状のコーネルならばフライリザードですら倒せない。そのような弱者が魔将軍と戦えるはずもなかった。「どちらも辛い道のりだね? 大国の王子殿下とは酷く異なっている……」「俺を羨むのか? ま、それも良いだろう。しかし、俺を超えるくらいの気概がないと、この先は闇しか拡がっていないぞ?」「分かってるさ。ただ僕だけが王国にいて、何もできない事実に打ちひしがれていただけだよ」「分かっているならいい。コーネル、
「あと三年で人類が滅ぶくらいですかね?」 メル教官は固まっている。 あと三年で王国が滅ぶならまだしも、俺は人類と言ったのだ。 大陸の南側にはまだ国が乱立していたというのに、その全てがたった三年で消え失せるという未来。流石に信じられなかったことだろう。「君は本気でそう思っているのか?」「いや、女神様に聞いたのです。あと三年で人類は滅ぶと……」 俺が使徒なのは皆が知っていること。加えて原初の三女神全員が俺の主神であることも。「やはりそうか。軍は此度の帝都陥落を重く受け止めている。ひょっとして我々は魔国の進軍を止められないのではないかと……」 どうやら双国軍にも思慮深い人間がいるようだ。 とりま、それは朗報だな。他国の侵攻を自国と置き換えて考えられるなんて。「だったら上層部に掛け合うべきです。使える者を使う。ただそれだけのことで戦況を覆すことが可能です」 一端の教官には荷が重い話だろう。 基本的に教官連中は下位貴族が中心。上位貴族の面々は肩書きだけを得て、戦場とは無関係な場所にいるのだから。「私が上申したところで変わらないかもしれない。けれど、必ず報告書を上げよう。類い希な力を持つ戦闘員をいち早く現場に配置するように」「そうしてください。俺はいつでも最前線に張り付きます。ただし、条件がある。俺は全権を与えられたい。軍を動かす力が欲しいのであって、使われる立場を望んでいません」 せっかく戦場へ辿り着いたとしても、無謀な作戦に使われたのでは堪ったものじゃない。だからこそ、俺が戦場へ赴くときには全権を与えてもらう。「君の言い分は理解する。マシな上官さえいたのなら、バリウス帝国も首都陥落という状況は避けられたのかもしれない。期待せずに待っていてくれ」 ここで俺は解放された。 メル教官にはまだ話があっただろうけれど、意図せず受け取った宿題が処理能力を超えていたのだろう。更なる難題を与えられる前に解放しようとしたはずだ。 俺としては言いたいことを伝えられた。 世界を救うこと。必要最低限を口にできたと思っている。 ◇ ◇ ◇ メル教官と話をしていた俺は能力値測定の部屋へと急いでいた。「ゲームのまんまだよな?」 序盤は無理をして失敗することが多々あるので、初日のイベントについては良く覚えている。確か能力値の測定は通路を左に曲







